大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第二小法廷 昭和57年(行ツ)26号 判決 1984年6月22日

横浜市神奈川区高島台六番地三

上告人

高島保男

同所同番地

上告人

高島正子

右両名訴訟代理人弁護士

馬場正夫

横浜市神奈川区栄町一丁目七番地

被上告人

神奈川税務署長

森屯

右指定代理人

吉川悌二

右当事者間の東京高等裁判所昭和五五年(行コ)第三四号所得税の増加税額並びに過少申告税額課税無効確認請求事件について、同裁判所が昭和五六年一〇月二八日言い渡した判決に対し、上告人らから全部破棄を求める旨の上告の申立があった。よって、当裁判所は次のとおり判決する。

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人らの負担とする。

理由

上告人らの上告理由について

所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。論旨は、ひっきよう、原審の専権に属する証拠の取捨判断、事実の認定を非難するか、又は原審の裁量に属する審理上の措置の不当をいうものにすぎず、採用することができない。

よって、行政事件訴訟法七条、民訴法四〇一条、九五条、八九条、九三条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大橋進 裁判官 木下忠良 裁判官 藍野宜慶 裁判官 牧圭次 裁判官 島谷六郎)

(昭和五七年(行ツ)第二六号 上告人 高島保男 外一名)

上告人らの上告理由

一、上告理由第一点

原判決には釈明権不行使による(判決に影響を及ぼすこと明らかなる)法令の違背(民訴三九四条後段)、ひいては審理不尽または理由不備の違法があります。

本件の争点は主として、昭和四〇年一二月二日に、東京高等裁判所昭和三八年(ネ)第一一六一号、第一二六二号農地買収無効確認等請求控訴事件(以下単に別件という。)に関してなされた裁判外の合意に基づく土地三〇〇坪及び三七六坪の給付(原判決が引用する本件第一審判決事実摘示第一の五の1ないし3参照、以下この事実を本件合意という。)が、所得税法上の必要経費(改良費)に当るかどうかということであるところ、右和解たるや極めて複雑微妙な事実関係を前提とし、一体誰が和解の当事者であるのかも一見あいまいになっているうえ、その合意の内容も県側の行う農地買収処分、同売渡処分の訂正等については手続上、また県が確約した土地占有者の立退き等に関しては確実に実行できるか否かの保証もない前法律的な合意でありました。双方弁護士が附いて居りながらこんな合意で即時控訴の取下げ、及び訴えの取下げが行われたのは外でもありません。神奈川県知事が相手方として存在する上、その指定代理人たる県職員及び訴訟代理人たる柳川澄弁護士が関与し、柳川氏の提案に対する合意を熱心に奨められたからであります。この様な事実が争いの中心となっている場合において、裁判所は右合意の法律的性格及び前記財産的給付(土地六七六坪の出捐)の意義等につき十分主張と立証を尽くさしめるべきであるのに第一、二審ともこれを怠り、合意の当事者の確定についての主張すら不明確のまま弁論を終結し、「和解」であるとか、「代物弁済」であるとか「離作料」とかいった極めてまぎらわしい既成の法律用語をそのまま使用させたため、自ら言葉のわなに落込み、その結果合意の当事者は当然神奈川県知事と上告人両名であるのに、右合意の相手方が知事ではなくて人数も氏名も、またその存在すら確認できていない本件係争地等の小作人や不法占有者並びに訴外地の不法占有者であると認定するような無定見(上告人らがそんな素姓もわからぬ人や会ったこともない人たちと和解して第一審でやっと一部勝訴した訴へを取下げる筈がありません。)を暴露したり、「代物弁済」という法律用語に引きづられて「不動産の代物弁済は登記が経由されてはじめて契約が成立する」などという本件とは関係のない見当違いの法律論を開陳したり(本件で問題とすべきは前記土地の占有者を排除するための反対給付であったか否かであり、それが契約内容の変更による更改であろうと委任事務の報酬契約であろうと問うところではありません。ただ日常的意味で代物弁済なる用語が不適切に使われたのに過ぎないのです。大審院判決大六・八・二二民集一二九三頁、大判昭四・七・六、民集六四五頁等一連の判例理論はこのような時に引用すべきものではありません。)、更には「離作料」なる言葉に足をとられて前記合意の当事者を原告らと神奈川県知事ではなく、原告らと本件係争地等の各被売渡人と認定する等の混迷を来しているのであります。現実にあった合意とかけ離れた法律構成をしなくても原告らと知事の間の合意として捉え、被売渡人らと県との関係や農地売収、売渡手続等の書類上の措置は右合意履行の問題として知事に一任されたと解すべきです。このようにして前記合意の当事者の取り違いが原因となってその他の事実認定及び各推論等に無理が生じ、後記上告理由第二、三点に指摘するとおり経験則違反の事実認定をしたり、理由不備又は理由そごの違法に陥いっているのであり、これらはすべて前記釈明権不行使の違法に起因するのであるから右釈明権不行使は判決に及ぼすこと明らかな法令違背というべきです。

二、上告理由第二点

原判決には審理不尽、理由不備又は理由そごの違法があります。

前項に述べましたとおり、本件の勝敗を決める争点は昭和四〇年一二月二日に行われた訴訟外の合意の法律的意義の認定にあるのでありますが、右合意内容が専門家立合のもとに行われたにしても法律的性格の不明瞭なものが存在するのであります(但し、前法律的な社会的事実としてみた場合、関係者の意図は極めて単純明快で、いささかのくいちがいもなく合致しております。)。ところで、農地改革の際における県側の買収手続の不手際その他によって二〇年間にわたって高島家を悩まし続け、また本件に先行する別件訴訟提起後は本件係争地等の売渡を受けた訴外人らも言い知れぬ不安に巻き込んだ別件の紛争が本件合意によって全部解決したのでありますから、右合意の意味内容を法律的に構成するに当っては、紛争の発端に遡り、高島側の所有権が戦争末期から敗戦後の混乱期にかけて、県知事によって如何に背信的仕打ちを受けたか、また、混乱に便乗した不法占有者によって美林をそこなわれ、山林を勝手に開懇され、高島がそれを堪え忍ぶ苦痛が如何に大きかったか、そして農地改革そのものは、法律によるのであるから従うべきだとしても、これに藉口して小作人でもない単なる不法占有者数人が本件係争地の売渡を受ける等の不条理に泣かなければならなかったのか等諸々の事情を調査し、事件の因って来るところを明らかにするとともに、前記合意がなされた段階における訴訟の帰趨についての見通し(甲第四号証として提出してある別件第一審判決理由記載によれば高島側が控訴審において一審判決により不利な判決を受けるおそれは絶無といえます。)、特に高島は和解を希望して居らず、裁判官及び訴訟代理人の説得によりはじめて応ずる態度をとったこと、これに反し、県知事側は前記第一審判決による敗訴部分の事後処理に困窮し、そのまま確定したら既に売渡済となった第三者が居住する土地を高島に明け渡さなければならない難問を抱え、県の指定代理人らは「困った。困った。」と云っていたという事情、また、係争地等を占有していた第三者らは一度取得したと思った土地を失う不安にかられ、高島に対して「どうぞ宜しく」と低姿勢で挨拶していたというような附随的事情を全部明らかにしてこそ真相の把握ができるのであるというべきでありましょう。しかるに本件第一、二審ともにこのような考慮をせず、これらの事実関係についての審理を尽くさず(これは上告人らの本人尋問の際の補充尋問、柳川証人をはじめとする証人等に対する証拠調の機会に容易にできることであるのに、これをして下さいませんでした。)、それのみか、第二審の口頭弁論が終結になっていることを知らなかった上告人らが急きょ訴訟代理人に依頼して昭和五六年九月二一日付書面を以って弁論の再開を申請するとともに、上告人両名作成にかかる同年九月一八日付上申書を以って同趣旨の申請をなし、いずれも前記合意の解釈上重要な懲憑となるべき事実の立証をしたい旨願い出たに拘らず、遂にこの申請は容れられなかったのであります。

これら事実は原審が審理不尽の結果争点事実に就いての真相の究明に失敗したことを示すものでありますから、理由不備又は理由そごの違法に該当することが明らかであります。

三、上告理由第三点

原判決は経験則違反の結果理由不備の違法を犯して居ります(最高裁判決第一小法廷昭和三二・一〇・三一日民集一一巻一〇号一七七九頁参照)。

既に度々述べましたとおり、本件の争点は昭和四〇年一二月二日に行われた神奈川県知事訴訟代理人と上告人らとの間の話合いに基づき上告人らによって履行された土地三〇〇坪及び三七六坪の給付が離作料(上告人らが右話合いの結果所有を認められる土地の占有者らを立ち退かすための出捐)と認められるかどうかということであり、そのための最も直接的かつ重要な書証として甲第六号証及び甲第七号証があります。この書面はいずれも右話合いの推進役をつとめ、かつ、別件訴訟において当事者であった神奈川県知事の訴訟代理人であった弁護士柳川澄氏が本件訴提起前に(かかる紛争を予想せず)作成されたものであり、それによれば、前記土地合計六七六坪が前記話合いの際に前記意味合いにおける離作料(立退費用)として提供されたものであることが明らかであり、疑う余地のない書証であるに拘らず、第一、二審ともに、これを素直に採用せず、却って本件訴訟の前手続である税務関係の異議申立や国税審判所における審判手続のために前記柳川弁護士が大蔵事務官榊原氏の面前で述べたことを録取した書面(乙第四号証)や本件訴訟において証人として柳川氏が供述した内容(いずれも同氏は豹変して離作料であることを否認する供述をしている。)を信用し、甲第六号証と甲第七号証は柳川氏が右文書の内容をよく確めないで安易に署名押印したと認定しています。(原判決が引用する第一審判決三七枚目裏一〇行目から三八枚目裏七行目まで参照)。しかしながら、これは著しい不合理です。右甲第六、七号証はいずれも別件の第一、二審ともに上告人らの訴訟代理人であり、前記話合に当っても上告人らの代理人として上告人の説得に当った岡井弁護士がわざわざ柳川氏を訪問して文書の意味内容を説明し、それを税務関係の申告に使うのだということを明かして署名押印を求めたものであるから柳川氏が内容もわからぬまま署名押印するなどということはありえない筈であります。これは前記話合いに当って柳川氏が上告人ら右六七六坪の土地を提供させるべく説得する理由として、何回も離作料だから税法上必要経費になりますよと述べた事実がある(このことは上告人らの第一、二審における供述によって明らかである。)からこそ異議なく甲第六、七号証の作成に応じたのであります。横浜地方検察庁元検察官として高位にあられ、長く神奈川県の法務を担当し、知事の訴訟代理人まで勤められ、その他県関係の公職を多数兼任された程の弁護士の柳川氏が、御自身の担当された事件について、取下げによって終了したとはいえ、相手方の弁護士から事実証明に関する文書の作成を依頼されて、内容も検討しないでこれを作成するなどということが考えられましょうか。当時柳川氏は弁護士として執務中であり、意識に異常はなく、詐欺、強迫等特段の事情もなく、錯誤に陥いる様な難しい内容の文書作成ではありませんでした。そうとすれば、この文書に書かれていることこそ真実であり、乙第四号証の記載や柳川氏の証人としての供述は記憶の変質によるか偽りを述べたものという他はないとするのが経験則の命ずるところでございましょう。事実の認定については自由心証主義があるとは申せ、本件のような認定はこれを逸脱するものではありませんでしょうか。右経験則違反は判決に影響を及ぼすことが明らかでありますので当然上告理由となります。

四、上告理由第四点

原判決には採証法則違反が多く、理由不備、審理不尽の違法があります(最高裁判所判決(三小)昭三一・一〇・二三民集一〇巻一〇号一二七五頁参照)。

(一) 原判決が引用する第一審判決二四枚目裏五行目から同七行目に「承認し」とある事実はこれを証するに足りる証拠がないにも拘らず「承認」の事実を認定したものです。

(二) 第一審判決二八枚目表五行目から三四枚目裏九行目までの事実を認定するにつき原判決は採用すべきでない証拠を用いています。すなわち、乙第八号証は昭和五一年一一月二六日(本件訴訟係属中である。)東京国税局直税部国税訟務官室において本件係争地等の被売渡人たる松野福太郎が大蔵事務官榊原万佐夫の問いに答えて供述したことを録取したものであって、極めて信憑性の乏しいものであります。しかも松野は証人として尋問されていなく、反対尋問の機会が与えられていません。乙第七号証も右同様で採用すべき証拠ではありません。また乙第四号証も右と同じ頃、同所で榊原万佐夫の質問に答える形で供述したものを録取したもので信用できないものであることは前述のとおりです。更に、乙第五号証も右と同所でその頃井上政一(現地附近の不動産業者)が榊原万佐夫に対し本件係争地の地価について意見を述べたもので、計算の根拠も開陳しない、いい加減なもので証拠価値は零に等しい。乙第六号証も右と同様で信用できない。しかも供述者は保土ケ谷税務署出入の不動産業者であります。これら両名は証人としても鑑定人としても取り調べを受けていません。更に証人柳川澄は本件につき最も重要な証人ではあるが、その立場は極めて微妙で真実を述べ難い立場であること社会通念に照らし明らかであるに拘らず、その証言内容を他の証拠と対比して吟味せず、漫然全面的に信用して採用しています。

原判決はこれらの採用すべからざる証拠を多数採用し、極めて荒っぽい推論をしているのであります。例えば、本来ならば正式に鑑定しなければ判断し難い土地の価格の比較を前記のとおり信憑性の乏しい乙第五、六号証で済ますというようなことであります。また前記土地六七六坪の出捐が公道を狭んだ東西両土地の等価交換の一部としてであるとするならば当然前記合意成立前の交渉の段階で東西の土地の評価が議論の対象となるべきであるのに、そんな議論が行われたことを示す的確な証拠はなく、却って上告人らの供述によれば地価の計算などは全くなかったことが窺われます。そうとすれば、原判決が前記事実認定に当ってした推論は、前記合意後県側が農地買収・売渡手続の書類上の処理、被上告人側証人(いずれも身分上微妙な立場にある。)の真実から遠ざかった証言内容を信用できる部分とそうでない部分に分けて十分吟味することなく、大雑把に採用した結果方向を誤ったと云わなければなりません。

上告人らは訴訟に馴れていないため、控え目に供述して居りますが、その論旨は一貫して居り、また事実を詳細かつ正確に記憶して居ります。算盤をはじけばこんな訴訟は早く止めた方が得であります。それではなぜこうしてお手数を労わすのでしょうか。

真実は記録に教われという言葉を聞いたことがあります。本件記録を精読して頂けば自ら真実がにじみ出てくるものと信じています。残念ながら一、二審とも記録の読み方が浅いように感じられます。ですから外見的に整ったかに見える役所側の証拠に引かれ、皮相の事実認定に陥いるのでございましょう。お願いです。記録を繰り返し読んで頂きたい。そうすれば真相が御理解頂けると信じます。

私事にわたって恐縮ですが、上告人正子の祖父は高島嘉右衛門と申しまして幕末江戸から横浜へ出て材木商、建設業等を営んで成功し、英米をはじめ各国の公館の建築を請負って信頼され、横浜の築港や鉄道敷設に伴う埋立事業その他の公共事業も卒先して行い、その名は今も横浜市において高島台、高島町、高島埠頭等に残されて市民に親しまれて居ります。祖父は豪快な性格で、こそこそ金をもうけたり、人を苦しめたりすることは一切しない人でした。一例をあげれば、春秋の行楽時には邸を開放して誰にでも観桜観楓のために利用させ衆と共に楽しむといった生活態度で、公共のためには財も労も惜しまない人でありました。この精神は長政にも、そして正子及びその夫保男にも受け継がれている筈です。税金をごまかすとか、役所を困らせるとかいうことを考えたことは一度もありません。ささやかながら名誉職的な公職にも就いて善良な市民として生きて参りました。それが今回税務署からあのような処分を受け、それが納得いかないので提訴したならば裁判所からは虚偽の陳述をしたものとして扱われてしまいました。父長政は戦後頻発した土地問題を苦にしながら死にました。本件訴訟がこんな結末では正子は祖父嘉右衛門、父長政、母婦知の霊に対して申し訳が立ちません。

本件はやや複雑な事実関係の上に生じた紛争ですが争点は簡単であります。そしてこの争点に審理を集中して十分お調べ頂けれは差戻審において短時日のうちに真実が発見されると信じます。

以上の次第で、いずれの点よりするも原判決は違法であり、破毀を免れないものと考えます。

以上

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例